2022年11月1日、農林水産省より「地理的表示保護制度の運用見直し」が公表されました。地理的表示(GI:Geographical Indication)保護制度とは、その地域ならではの自然的、人文的、社会的な要因・環境の中で育まれてきた品質、社会的評価等の特性を有する産品の名称を、地域の知的財産として保護する制度です。世界では既に100ヶ国以上で導入されており、日本では2015年から導入されました。
地理的表示とは
市田柿を例にすると、「産品(生産地、特性)」と表示の関係は以下のようになります。
産品 | 地理的表示 | |
---|---|---|
生産地 | 特性 | |
・下伊那郡高森町(旧市田村)が発祥の「市田柿」のみを使用 ・昼夜の寒暖差が大きいため、高糖度の原料柿ができる ・晩秋から初冬にかけて川霧が発生し干柿の生産に絶好の温度と湿度が整う ・じっくりとした「干し上げ」、しっかりとした揉み込み |
・「市田柿」は特別に糖度が高い ・もっちりとした食感 ・きれいな飴色 ・小ぶりで食べやすい ・表面を覆うキメ細かな白い粉化粧 |
市田柿 |
地理的表示(GI)は、生産者団体が産品について登録を受け、構成員が使用する形式をとります。登録内容は明細書に記載され、構成員が行う生産が適合して行われるよう指導等が実施されます。また登録された地理的表示が不正使用された場合には、行政が取り締るのも特徴の1つです。
例えばスペインのレストランにおいて、南米産牛肉のメニューに、「TROPICAL KOBE BEEF」と表示している例や、ドイツのスーパーにおいて、NZ産和牛に「Wagyu “Kobe-Style”」と表示している事例等を確認した場合、欧州との相互保護の枠組の下、EU当局等に適切な措置を執るよう要請し、当局からの指導の上、削除されます。
これまで他産品よりも優位な品質、厳しい生産行程管理を重視する運用と、模倣品排除を通じた産品のブランド強化等に貢献してきた反面、こうした運用が徐々に厳格化していった結果、GI産品は他産品との品質差を証明し易く、地域でまとまり易い小規模・地場の伝統野菜等に偏った経緯があります。
運用見直しの概要について
そこで2022年11月1日より、GI制度の運用を見直すことになりました。これまでの地域の伝統野菜だけでなく、加工品、海外志向の産品まで、多様な産品の登録につながるよう間口を広げ、輸出促進を更に後押しする狙いがあります。
運用見直しの概要は以下のとおりです。
1 審査基準の見直し | ・差別化された品質がなくとも、地域における自然的・人文的・社会的な要因・環境の中で育まれてきた品質、製法、評判、ものがたり等のその産品独自の多彩な特性を評価する審査を推進 ・知名度なども考慮し、生産実績が25年に満たなくとも、登録の可否を弾力的に判断 |
---|---|
2 登録前後における手続の見直し | ・GI産品と信頼して購入した需要者の利益を毀損しない、GI真正品について、名称の統一が申請への合意形成の支障とならないよう、登録名称を分断する名称の継続使用を可能に(「霞ヶ関りんご」が登録された場合の「霞ヶ関○○りんご」) ・生産者の遵守事項の簡素化を推進。生産行程管理業務も、年1回の実績報告書を廃止し、最終製品ではなく、生産の手順・体制をチェックする方法へ |
3 GIの市場における露出の拡大 | ・GIマークを、GI産品の加工品に使用する場合のルールを明確化 ・GIマークも効果的に活用し、外食、食品、観光などの他業種とのコラボ商品・コラボサービスの開発・提供を推進 |
加工品が過半を占め、輸出も多い欧州のGI制度では、他産品との優劣ではなく、地域と結び付いたその産品独自の魅力や強みが評価されます。こうした海外の制度を参考に審査基準を見直しつつ、手続きの簡素化等を推進することにより制度利用の拡大を図る考えです。
食品表示と今後について
今回の運用見直しは、食品表示実務そのものには大きな影響はありません。日本の登録GI(120産品)と、日本で保護される外国GI※(109産品)に注意する点は、これまで同様です。
(※農林水産省「日本における海外のGI保護」→「指定産品一覧」より確認できます。例:Grana Padanoグラナ パダーノ(ナチュラルチーズ))
一方で、日本から海外へ食品を輸出される方には、まずはGI制度自体について、改めて確認する機会にしていただければと思います。なおEUにおいても「持続可能性」をGI表示の要件とするなどの見直し案が検討されていますので、こうした現在の動向と合わせて確認されておかれるとよいと思います。
参照:
地理的表示保護制度の運用見直し(農林水産省)
指定産品一覧(日本における海外のGI保護)(農林水産省)
Commission strengthens geographical indications to preserve high quality and reinforce protection(EU)
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川合 裕之
■職歴・経歴
1974年 岡山県生まれ
食品メーカー勤務後、2003年に食品安全研究所(現株式会社ラベルバンク)を設立。
「分かりやすい食品表示」をテーマとし、「食品表示検査・原材料調査」などの品質情報管理サービスを国内から海外まで提供しています。また、定期的に講演活動も行っています。
■主な著作物・寄稿ほか
【共著】
『新訂2版 基礎からわかる食品表示の法律・実務ガイドブック』 (第一法規株式会社, 2023)
【寄稿】
・2024年 第65巻 第4号 『食品衛生学雑誌』(公益社団法人日本食品衛生学会)「海外輸出向け食品における各国基準(添加物、栄養成分表示)の調査と実務上の課題」
・2021年10月『Wellness Monthly Report』(Wellness Daily News)40号
「食品表示関連規則の改正状況 今後の『食品表示』実務上のポイント」
・2020年2月『月刊 HACCP』(株式会社鶏卵肉情報センター)「アレルゲン表示の現状と留意点」
・2017年~2018年連載 『食品と開発』(UBMジャパン)「表示ミスを防ぐための食品表示実務の大切なポイント~」
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【講義】
・2009~2014年 東京農業大学生物産業学部 特別講師
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・2025年1月23日 日本の食品表示制度の改正状況~まとめと今後について
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・2024年4月11日 “低糖質、〇〇不使用、植物由来、機能性等” 健康に関する食品の輸入および輸出時の表示確認の実務について
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