ゲノム編集技術応用食品の表示の在り方について ~消費者庁、表示義務化は難しいという認識を示す~

By | 2019年7月8日


 2019年6月20日、消費者庁は、内閣府食品安全委員会食品表示部会において、ゲノム編集技術応用食品への表示義務化は難しいとの認識を示しました。同部会において消費者庁より示された資料「ゲノム編集技術応用食品の表示の在り方について」をもとに、概要を整理してみたいと思います。

背景


 2019年夏頃を目途に、厚生労働省ではゲノム編集技術応用食品の食品衛生上の取扱いを具体化し、運用を開始する予定です。そして運用開始後には、事業者によるゲノム編集技術応用食品の流通が想定されるため、ゲノム編集技術応用食品の表示の在り方についても、同じタイミングで整理し、検討することが必要となったことが背景にあります。

 表示制度を考えるに当たっては、1. 消費者の意向、2. 表示制度の実行可能性、3. 表示違反の食品の検証可能性、4. 国際整合性について、十分に考慮することが必要とされており、これらのポイントについて、食品表示部会において議論がなされたうえで、表示義務化は難しいという認識が示された形となりました。

ゲノム編集技術とは


 一般に、DNAを切断する酵素を用いて、外部からの遺伝子の挿入だけでなく、既存の遺伝子の欠失や塩基配列の置換など、ゲノムの特定の部位を意図的に改変することが可能な技術のことです。ここで、「ゲノム編集技術」について、整理してみたいと思います。厚生労働省が作成した資料「ゲノム編集技術とその応用食品等の取扱い」をもとに、「従来の育種技術」「ゲノム編集技術」「組換えDNA技術」をまとめると、以下の表のようになります。

      ゲノム編集技術応用食品等の取扱い
従来の育種技術(突然変異誘発技術) 放射線照射や薬剤により人為的にランダムに不特定のDNAを切断し、自然修復の過程で生じた変異を得る 事業者で安全を確保(特段の規制なし)
ゲノム編集技術 【タイプ1】標的DNAを切断し、自然修復の過程で生じた変異を得る   届出
【タイプ2】標的DNAを切断し、併せて導入したDNAを鋳型として修復させ、変異を得る   届出/安全性審査
【タイプ3】標的DNAを切断し、併せて導入した遺伝子を組込むことで変異を得る   安全性審査
組換えDNA技術(いわゆる「遺伝子組換え」) 細胞外で組換えDNA分子を作製し、それを生細胞に移入し、細胞に組込む(増殖させる)ことで変異を得る 安全性審査を義務づけ

出典:ゲノム編集技術とその応用食品等の取扱い(厚生労働省)
※この概念図は、各タイプの代表となるケースとその取扱いを示したものであることに留意が必要。

表示の在り方について


  パブリックコメントの結果や消費者庁への要望書によると、消費者の中には、ゲノム編集技術応用食品に対する懸念や不安から、消費者が選択できる表示を求める声があり、例えば「消費者が自主的に選択できるよう合理的かつ全面的な表示制度を要望する」など、様々な意見があります。
しかし、表示制度の企画立案や運用に当たっては、実際に表示を行う食品関連事業者が対応できる仕組みにすることが必要とされています。例えば、1. 使用する原材料について、ゲノム編集技術応用食品かどうかの情報を把握することが可能かどうか、2. 原料管理を徹底するための設備や人材確保等の整備に要する事務負担が過度なものとならないか、などを考慮する必要があります。
 
 そして表示義務化は難しいという認識を示した大きな課題は、「表示違反の食品の検証可能性」にあります。遺伝子組換え食品に該当しないゲノム編集技術応用食品については、現時点では、ゲノム編集技術によって得られた変異と従来の育種技術によって得られた変異とを判別し検知するための実効的な検査法の確立は困難であるためです。(なお、遺伝子組換え食品に該当するゲノム編集技術応用食品の場合、導入された外来遺伝子を科学的に検知することが可能。)
 また現時点では、ゲノム編集技術応用食品の表示について、具体的なルールを定めて運用している国・地域はないとされていることも、こうした課題を裏付けるものになったものと思われます。

今後について


 消費者庁資料「ゲノム編集技術応用食品の表示の在り方について」においては、「ゲノム編集技術応用食品のリスクコミュニケーション」として、以下のようにまとめています。

  • ゲノム編集技術応用食品は新たな技術を用いたものであり、消費者が漠然とした不安を持っていると思われるため、その内容や従来から品種改良に用いられてきた組換えDNA技術との違いなどについて、正確に消費者に伝えることが必要。
  • 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会新開発食品調査部会報告書にも記載されているように、消費者庁としても、厚生労働省や農林水産省と連携して、7月上旬からリスクコミュニケーションの実施に取り組む予定。

 義務づけは難しいとの認識を示したものの、同部会での意見を踏まえ、7月より各地で意見交換会が行われる予定です。関心のある方は、一度部会資料に目を通しておかれるとよいでしょう。


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川合 裕之

代表取締役社長株式会社ラベルバンク
食品表示検査業をしています。国内と海外向けに、食品表示検査と原材料調査サービスを提供している経験をもとに、食品表示実務に関する講演をしています。

■職歴・経歴
1974年 岡山県生まれ
食品メーカー勤務後、2003年に食品安全研究所(現株式会社ラベルバンク)を設立。
「分かりやすい食品表示」をテーマとし、「食品表示検査・原材料調査」などの品質情報管理サービスを国内から海外まで提供しています。また、定期的に講演活動も行っています。

■主な著作物・寄稿ほか
【共著】
『新訂2版 基礎からわかる食品表示の法律・実務ガイドブック』 (第一法規株式会社, 2023)

【寄稿】
・2024年 第65巻 第4号 『食品衛生学雑誌』(公益社団法人日本食品衛生学会)「海外輸出向け食品における各国基準(添加物、栄養成分表示)の調査と実務上の課題」
・2021年10月『Wellness Monthly Report』(Wellness Daily News)40号
「食品表示関連規則の改正状況 今後の『食品表示』実務上のポイント」
・2020年2月『月刊 HACCP』(株式会社鶏卵肉情報センター)「アレルゲン表示の現状と留意点」
・2017年~2018年連載 『食品と開発』(UBMジャパン)「表示ミスを防ぐための食品表示実務の大切なポイント~」

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【講義】
・2009~2014年 東京農業大学生物産業学部 特別講師

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